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東京地方裁判所 昭和31年(ワ)5975号 判決

原告 奥村修蔵

右訴訟代理人弁護士 牧野寿太郎

被告 又一株式会社

右代表者 阿部藤造

右訴訟代理人弁護士 石井嘉夫

右訴訟復代理人弁護士 畑野有伴

主文

原告の請求は、棄却する。

訴訟費用は、原告の負担とする。

事実

≪省略≫

理由

第一、売掛代金請求……第一次請求について

(売買契約の成立について)

一  成立に争いのない甲第九号証、証人多田俊一の証言によりその成立を認めうる甲第二号証の一、証人椿幸雄の証言(第一回)によりその成立を認めうる同第二号証の二並びに証人椿幸雄の証言及び原告本人尋問の結果(いずれも第一、二回とも)を綜合すると、昭和三十一年三月中、原告と当時被告会社東京支店勤務の社員であつた多田俊一(同人が当時被告会社東京支店勤務の社員であつたことは、被告の認めて争わないところである。)との間で、原告の製品を被告会社に納める話が進み、その頃(日不詳)、原告と多田俊一(原告は同人を被告会社東京支店織物課仕入係長と信じていた)との間で、原告を売主、被告会社を買主として、ナイロントロピカル及びナイロンサージについて、原告主張の内容の売買契約が締結された事実を認定しうべく、前掲各証拠と比照して措信できない証人多田俊一の証言を除き他に右認定を左右するに足る証拠はない。

(多田の代理権の有無について)

二 原告は、前項の売買契約は、多田俊一が被告会社を代理して、締結したものである旨主張するが、右多田に、被告会社を代理して本件契約を締結する権限があつたことについてはこれを肯認するに足る明確な証拠は、一つとして存しない。しかも、かえつて、証人多田俊一及び同吉野義人の各証言によると、被告会社では、取引先の信用状態によつて、取引の許否及び取引限度を定めるのを例とし、ことに被告会社が買方となる取引は、この限度内であつても、部長の決済を要し、平課員が単独で決定しうる事項ではなかつたこと、被告会社には職制上、係長の制度はなく、多田俊一は織物課勤務の一課員にすぎず、本件織物の仕入、販売に関する事項の処理について、被告会社から、特別の委任を受けていたこともなかつたこと(本件取引当時は、同人は、すでに辞表を提出していたもので、本件取引について、被告会社から特に委任を受ける事情にもなかつた。)が窺われるから、多田俊一の前記行為について、原告が主張するように、商法第四十三条第一、二項規定の適用を云為する余地は全くありえない。

三 叙上のとおり、多田俊一に、被告会社代理をして本件契約を締結する権限があつたことが、いずれの点からも認められない以上、被告に対し、売掛代金の支払等を求める原告の請求は、理由がないものといわなければならない。

第二、不法行為による損害賠償請求……予備的請求について

一  成立に争いのない甲第九号証、証人多田俊一の証言によりその成立を認めうる甲第二号証の一、証人椿幸雄の証言(第一回)によりその成立を認めうる甲第二号証の二、同第七号証の一から三及び同第八号証、原告本人尋問の結果によりその成立を認めうる甲第十、第十一号証の各一から四及び第十二号証の一から二十一、証人小出経俊の証言によりその成立を認めうる甲第十三号証の一から八、証人吉野義久の証言によりその成立を認めうる乙第一号証の一、二及び同第二、第三号証、証人椿幸雄(第一回)、同内藤政雄、同小出経俊、同多田俊一及び同吉野義久の各証言(但し、証人椿幸雄及び同多田俊一の各証言については、後記の措信しない部分を除く。)並びに原告本人尋問の結果(第一、二回)を綜合すると、

(い)  原告は、「奥佐織物工場」という商号で、各種織物の製造並びに販売を業としているが、昭和三十年暮頃かねてからの取引先である日泉株式会社専務取締役椿幸雄から同会社で、多田俊一を紹介されたが、その際、椿は、多田を被告会社東京支店織物課仕入係長と紹介し、多田もそれを肯定するような態度をとつていたために、原告は、多田を被告会社の仕入係長と信じたこと。

(ろ)  昭和三十一年三月頃、原告が日泉の店で見本を椿らに見せていたところに多田が来合わせて、見本をみて、「これを又一(被告会社)にも納めるように」といつたことから、原告と多田との間に、原告の製品を被告会社に納める話が進み、日泉の近くの喫茶店において、椿幸雄も参画し、原告と多田との間で、前認定のような売買契約が結ばれるに至つたこと。

(は)  前記売買契約の内容は、原告と多田との間で取り決めたが、取引の形式としては、被告会社が取引先を限定し、過去の取引実績や信用状態によつて、相手方を選定し、被告会社にいわゆる「口座」をもつている者に限つて取引をしていたが、原告は、これまで被告会社と取引をしたことがなく、いわゆる「口座」を持つていなかつたので、多田俊一の指示によつて、日泉の口座を借りることとし、本件取引については、日泉が原告と被告会社との間に入り、納品や注文は日泉を通して進められることになつたこと。

(に)  昭和三十一年四月十七日、原告が多田に対し契約書を要求したところ、同人は、被告会社の正式のオーダーとして買契約票なる被告会社の用紙に所要事項を書き込んで、同人の判を押したものを原告に渡したが、前記口座の関係上、あて先は日泉となつていたので原告は、原告と被告会社の取引であることを確認させるために、椿にこの買契約票の裏面に、日泉の社印を押させたこと(椿の方ではこれを後日、仲介手数料を貰うときの証拠にしようと考えていたもののようであつた。)

(ほ)  日泉が三菱倉庫江戸橋営業所より受け出した本件取引の目的物について、多田は、日泉に指図して処分させたり、あるいは、日泉が処分するについて許可を与えていること。

(へ)  多田俊一は、被告会社の仕入係長でないのは勿論、被告会社を代理して仕入契約を締結する権限もなかつたにかかわらず、原告が、そのように誤信しているのに乗じ、終始被告会社の代理人であるように振舞いあえて、上司の決済を受ける等被告会社の取引として必要な正規の手続をとらなかつたこと。

(と)  買契約票(甲第二号証の一)は、被告会社の社内伝票にすぎず、対外的な契約書としては、使われず、しかも、昭和三十一年四月当時、すでに廃棄されて、社内伝票としても使用されていなかつたのに、同年四月十七日、この買契約票を被告会社の正式のオーダーとして、原告に交付したこと。

(ち)  多田は、本件取引に際し、日泉の口座を使つて取引をするように原告に指示し、かつ、受渡場所及び発送のあて名を日泉扱いにすることも、同人が決め、更に、事情を知らない三菱倉庫江戸橋営業所から、品物の取扱について問い合わせてきたのに対し、日泉に回付するように回答したこと。

を認定しうべく、証人多田俊一、同椿幸雄及び同吉野義久の各証言(証人椿の証言については第一、二回とも)中、右認定に反する部分は、前掲各証拠と比照して、にわかに措信しがたく、他にこれを覆すに足る証拠はない。しかして、右一連の認定事実によれば、多田俊一は、原告が、椿の紹介によつて、多田を被告会社織物課の仕入係長と信じていたのに乗じ、被告会社のため取引をする権限がないのにかかわらず、あたかも正当の権限に基いて、被告会社のため取引をするかのように装つて、その旨原告を欺き、昭和三十一年三月頃、原告と前認定の取引をし、原告をして、約旨に基く履行として、品物を、多田の指示どおり、三菱倉庫江戸橋営業所に送付させたもの、換言すれば原告が被告会社との取引と信じてその製品を右倉庫に送付したのは、全く多田の欺罔行為によるものであると認めることができる。なるほど、被告が抗争するように、多田は、原告に対し被告会社の仕入係長であると自称したこともないようであるし(そのように自称したという証拠はない。)原告が被告会社に直接問い合わせるなどして多田の代理権を確めることもしなかつたことも、原告の明らかに争わないところであるが、これらの事実は、原告の誤解と、著名商社である被告会社との取引を始めたいと望んでいた原告の焦慮を、巧みに利用したという非難は、見方によつて、ありえても、決して、多田の行為を正当化するものではありえない。

また、被告は、原告が日泉あてに品物を送り、かつ、送り状や代金請求書を被告会社に送付したことは一度もないことから、原告は最初から日泉と取引をするつもりで日泉に品物を送つたにすぎない旨主張し、証人小出経俊の証言及び原告本人尋問の結果(第一、二回)によれば右被告主張の事実は、これを肯認しえないではないが、同時に、これらの証拠によると、原告は、日泉の口座を借りている関係上、被告会社に対し、表立つた取引行為をするのを差し控え、日泉を通じて納品や代金請求をしようと考えており、小出経俊は、日泉が仲介人であるから、日泉に送れば、当然、被告会社に届くものと簡単に考えて、日泉あてに品物を送付していたことが認められるから、被告主張の事実も、それだけで、前記認定を覆えすに足るものではない。

(多田俊一の不法行為と同人の職務との関係)

二  叙上のとおり、多田俊一の本件行為は、原告を欺罔して取引名下に商品を騙取したものと認められるので、この多田の不法行為が、被告会社の事業の執行についてされたものであるか否かについて審究するに、証人多田俊一、同椿幸雄(第一回)、同内藤政雄及び同吉野義久の各証言(証人椿の証言については、後記措信しない部分を除く。)によると、多田俊一は、被告会社東京支店内地織物課にあつて、内地広巾織物の仕入、販売、受渡等について、内部的な事務手続の処理のほか、対外的な営業的行為にも従事し、これまでにも日泉と取引交渉をしたことや、又、本件の品物の受渡場所となつた三菱倉庫江戸橋営業所にも、商品の受渡のために一、二度出向いたことが、いわゆる平課員にすぎない同人の対外的な取引権限は、被告会社の機構上、きわめて制限されており、部長あるいは課長の指揮のもとに、仕入・販売等について契約締結までの事実上の交渉、その他の補助行為をしたり、あるいは、商品の受渡を事実行為の面で補佐していたにすぎず、さらに、昭和三十一年三月初め、辞表を提出してからは、のちに、その辞表を一旦撤回したものの、それまで自分が取り扱つてきた仕事の残務整理にあたり、新たな営業的行為はしていなかつたことが認められ、証人椿幸雄(第一回)の証言中、右認定にてい触する部分は、少からず、あいまいであり、にわかに、信用することはできないし、他に右認定を覆えすに足る証拠はない。

(もつとも、証人多田俊一の証言中には、同人が商品の仕入、販売を担当した旨の供述もあるが、これも、右の各証拠と比照すると、契約締結を意味するものではなく、仕入・販売について事実上の交渉、その他補助・準備行為をしていた趣旨と理解される。)

しかして、多田俊一の本件行為当時の職務権限及び職務行為が右認定のようなものである以上、同人が被告会社の代理人として、従来取引が全然なかつた原告との間において、原告に日泉の口座を使わせて、仕入契約を締結し、その履行として品物を送付させ、これを日泉に命じて処分させ、あるいは日泉の処分にまかせて原告に損害を与えたとしても、このような行為は同人の職務とは全く無関係な行為であり、その結果につき、使用者である被告会社が責を負わなければならない理由はない。けだし使用者が被用者の行為により生じた損害について責任を負わなければならないのは、被用者がその本来の職務、権限を行使するにつき必然的にその損害が生ずるに至つた場合に限るべく、そうでない場合にまで、使用者において責任を負わなければならないとすることは、民法第七百十五条の正当な解釈ということはできないからである。原告は、この点に関し、使用者の事業を助長する行為、あるいは、これを外観上同一外形を有する行為については使用者の責任も認むべきである旨主張するが、使用者の事業を助長する行為について使用者の責任を問いうるかどうかは、しばらく別としても、多田の行為が被告の事業を助長するものとは認められないこと前説示に徴し明らかであるし、使用者の事業の執行と同一外形を有する被用者の行為について使用者に責任ありとする見解は、到底、当裁判所の賛同しがたいところである。けだし、被用者の不法行為について使用者の責任を定めた民法第七百十五条の趣旨は、必ずしも、その外形を信用した相手方を保護しようとするにあるものとは解しえないからである。

三  以上説示したところにより明らかなように、多田の行為について被告の責任を認むべき理由はないものといわざるを得ないから、原告の民法第七百十五条をよりどころとする予備的請求もまた失当というほかはない。

(むすび)

以上、原告の第一次的請求及び予備的請求は、いずれも理由がないから、原告の本訴請求は全部棄却することとし、訴訟費用の負担について、民事訴訟法第八十九条、第九十五条を適用して、主文のとおり、判決する。

(裁判長裁判官 三宅正雄 裁判官 桝田文郎 田倉整)

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